2022年12月12日
祖母が103歳で旅立った。
家族葬は笑うのが大好きな祖母にピッタリのお別れの会となった。
私からの手紙を記録します。

おばあちゃん103年間お疲れ様でした。

私たち孫やひ孫を可愛がってくれありがとうございました。

小学生の頃は長い休みのたびにおばあちゃんの家に遊びにきて小さな私の半分くらいはここで出来上がった気がしています。

おばちゃんの作るとうもろこしも枝豆もスイカも毎年楽しみで大好きでした。

食べず嫌いで初めて食べたのもおばあちゃんのトマトでした。

冬は大きなかまくらを作ってくれたり秋には家の裏で栗を拾ったり夏は庭の大きな池で泳いだり4輪台車で弟が全速力のカーレースをしたり。

その時のおばちゃんの「そーすな!そーすな!」の焦った声が今でも聞こえてきます。

10年前の二男が小学校入学の時お祝いに入っていた手紙があります。

「入学おめでとう。

大きくなりましたね。

ばあちゃんは腰も曲がり目も見えなくなりましたがご飯もおいしいし、おやつもおいしくたべています。

母さん(叔母)にはなんぎかけています。

学校お休みになったら遊びに来てください。

ばっちゃより。」


おばあちゃんはいつも人を笑わせるのが大好きな人でしたね。

100歳のお祝いの会で「一言」と言われ「サンキュー!」と言ってみんなを笑わせたと聞きさすがだと思いました。

私もおばあちゃんからユーモアの血を少し引き継ぎました。

きっと今ここに集まっている皆さんに天国のおばあちゃんは

「サンキュー!」と笑顔で言っていることでしょう。


おばあちゃん安らかにお休みください。

そしてこれからも私たちのことをずっと見守っていてください。

家族にあたたかい愛をたくさんありがとうございました。

初孫 Suzzy


こんにちは。

スージーカフェへようこそ。


かなり久しぶりのブログ☆


先日地元の新聞の不登校特集でわが家の体験を載せていただいた。

新聞記者さんが数回取材をしてくれ私の思いも入れて記事にしてくださった。

本当は記事をそのまま掲載したいけど著作権があるため自分の言葉で今までのわが家の様子と現状をまとめてみた。

長文になります。


わが家は現在夫と高校3年生の長男。

中学2年の二男の4人暮らし。

不登校のきっかけは長男が中学2年、二男が小学3年の時、夫の転勤で他県へ引っ越したこと。

転校を告げた時、長男は「今の学校がいい。自分一人だけでも残りたい」と引っ越しを嫌がった。

シャワーを浴びながら大泣きしているのを聞き胸が痛んだけれど家族一緒にいる事が最善だと思い決断した。

それまでも2人とも転園や転校の経験があり適応できていたので大丈夫だろうと考えていた。

でも2人とも転校をきっかけに気持ちのバランスを崩していく。

二男は元々学校の雰囲気や勉強が苦手。

転校先でもすぐに新しい学校のサッカー部に移籍しサッカーは楽しんでいたけれど朝になると登校を渋りトイレに立て篭もり下校後は宿題を理由に家で暴れる毎日。

二男の対応で疲れ切っていた私は長男の気持ちの変化に気づけなかった。

そして長男2ヶ月後中学2年の夏休み明けから突然学校に通えなくなった。

現状を変えようと家族で話し合い、夫は1人残り単身をしてもらい長男二男は転校から3カ月で元在籍していた学校に戻ることにした。

でも長男は戻ってきて数週間、学校に行けなくなった。

「転校してまた戻ってきた自分を友達はどう思っていたんだろう」後になって長男がそう口にした事がある。

二男もサッカーでは地域の選抜に選ばれスポ少ではキャプテンとして活躍する一方で学校には行きしぶりが続き五月雨登校の毎日。

それまで私は学校に行くことは「当たり前」と思ってきた。

布団をかぶって出てこない長男に怒りをぶつけ、無理やり起こして一緒に階段を転げ落ちたり、行き渋る二男をパジャマのまま車に乗せて車の中で着替えさせ無理やり登校させたこともある。

一番辛かったのは子どもの行動に一喜一憂し、自分の気持ちをコントロールできなかったこと。

自分の気持ちさえコントロールできないのに子どもの気持ちや行動をコントロールしたいと思っている事が情けなかった。

でもスクールカウンセラーに話を聞いてもらったり不登校の保護者会に参加し少しずつ考えが変わっていった。

学校に行くことは、今の息子たちにとって命を削るほど苦しいことなんだと理解した。

子どもの気持ちを無視して親の思いを押しつけてはいけないと自分の考えを見つめ直した。

現在長男は中学を卒業後1年間休み自分の意思で高校に進学。

その後も順調な時もあれば休学制度を利用したりしながらゆっくりと高校に通っている。

二男は友だちとは元気に交流しながら自分のペースでフリースクールや適応教室に通っている。

不登校の子が抱えているものはその子によって様々で環境や持っている特性、その時の心身の状態によっても違う。

だから対応の仕方もこれが正解というのはないと思う。

子どもの不登校を経験し学校で学ぶ事は当たり前の事ではないと実感した。

今も毎日葛藤はあるけれど子どもが自分軸を見つけ前に進むためには必要な時期だと思ってサポートを続けている。


これからも小さなジャンプで

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こんにちは。

スージーカフェへようこそ。


3/12金、夕方我が家に突然の訪問者。


家はチャイムの接触が悪く

『ノックしてください』

と張り紙をしているのだけれど。

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「ドンドンドン、ドンドンドン」

と尋常じゃないドアのノック音が何回も家の中まで響いた。


いたずらか変質者かと恐る恐る

「どちら様ですか?」

と聞いてみても何も答えず激しいノックの音が続くばかり。


あまりにも尋常じゃないノック音が続くのでドキドキして心臓が飛び出るかと思った。

二男も変質者だったら投げてやろうと手にゲーム機を握りしめていたらしい。


ドアの向こう側の来訪者は何度も聞いた末にやっと苗字を名乗ったのだけれど。

それが私の旧姓だと全く気づかないくらいドキドキしていて、恐る恐るゆっくりとドアを開けた。


ドアの外に立っていたのは


変質者ではなく二男にそっくりのイタズラ好きな私の弟だった。

仕事で近くまで来たらしく、思い立って寄ってくれたらしい。


そして

「これから好きな物買ってあげるから着いてきて。時間がないから早く!」

とドキドキの止まらない心臓は置き去りにしたまま、私と二男は弟の車に乗って近所のスーパーへ連行された。


「遠慮しなくていいから欲しいものドンドンカゴに入れて!」

と二男が選んだお菓子やつまみや弟が選んだイチゴなどを買ってくれた。

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〜弟が買ってくれたものを二男が並べた〜

その後、弟が監督をしているチームの野球練習があるらしく

「じゃあな!」

と嵐のように立ち去った。


ぶっきらぼうだけど甥っ子思いの優しい男。


ありがたく味わっていただいた。


今度は手ぶらでいいから驚かせずゆっくりいらしてね。

あ〜びっくりした。


今日も小さなジャンプ。

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